ディテールは大事 by Rui Kikuchi

現在、ギャラリー佑英で個展中。

搬入は夫とママに手伝えてもらって、本当に助かった。 

作品を宙に浮かしたくて、ガラス板を天井から吊るし苦労したけど、緊張感もある展示になってよかった。

ギャラリー を訪れる方々は様々。骨董品の雑誌の編集者に細かいディテールを気にしていることに褒めてもらって、手間をかけてよかったなと思った。誰でも作れるものを作ってないな、と。

 自分らしいものを作り続けないと、やる意味ないね。

 個展は20日まで。

http://gallery-yuei.com/ 

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働き者の手 by Rui Kikuchi

私は子供の頃から右手の中指に大きなこぶができていて、

高校時代と20代、

まだ少女のツルツルの手だった時

特に、

このこぶに気づいて

気持ち悪がれた 人は少なくなかった。

「なんでそんなできたの? 」

と困る質問もされた。

知らんがな、

神様に頼んだわけちゃうし。

 

でもこの気持ち悪いと言われた手を気にしたことは不思議に一度もなかった。

なぜなら、

宮崎駿の映画を見ながら育った私は、

「風の谷のナウシカ」に登場するあのセリフが

私の幼い脳の深いところへ刻まれていたのではないかと思う:

「この手を見て下され。。
あと半年もすれば石と同じになっちまう。
じゃが、わしらの姫様はこの手を好きだと言うてくれる。

働き者の綺麗な手だと言うてくれましたわい」

 

制作に 手仕事にこだわる理由はこれかもしれない。

ものづくりの技術がえらい進んで来て、

人間の手を使う必要がない時代になってき、

 作品は何度も機械制作と間違われたことがある。

でもね、

人間の手は機械の精密さはあるけど、

機械は人間の手の暖かみがないねんな。

私は腕を磨き続き、手ができることでものづくりをやり続ける。

だって、

この汚い、傷だらけの荒れた手、美しい働き者やから。

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花も団子も by Rui Kikuchi

お客様のKさんは家に植えてはる

サボテンのお話をされていて、

一つもらってくれないかと

私に 聞いた。

 サボテンの美しいなり、不気味でもあるところが好きで、

ぜひ もらいたいと言ったら、

2週間後、二つのウニサボテンが

植えている鉢を 

持って来てくれた。

 毛がふさふさの 

つぼみ があちらこちらに生えていて

まるで小さいたぬきの尾っぽみたいで、

可愛かった。 

工房の庭に早速飾った。

 

数日間 後、

突然、

サボテンからビヨーンと、

毛だらけ の首の先に、

長い歯がはみ出しているような

くちばしの形をしている

つぼみが現れた。

怪物のような芽だ。面白い。

数時間が経って

また見たら、 

前より少し大きくなっている。

妖怪チック。すごい。

このまま育ったら花はすぐ咲きそう。 

 

それで、次の日に 

白いラッパ状の花が咲いた。 

しっとりした雄しべは 、

あっかんべー

をしているように花の奥から垂れていた。

 きれいグロイ。なんとスリリングな花。

 

きれいグロイジュエリー、

作りたいけど、

なかなか売れないんだよね。

 

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前、珠ちゃさんからもらったトマト苗、

真っ赤っかなトマトに育てくれて、 

人生初めて自分で育てたトマトを 

食卓に置けた。 

きゅうりと合わせてオリーブ油和えにした。 

工房の庭のドラマが 

益々面白くなってくるわ。 

 

 

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一人十職 by Rui Kikuchi

絵が苦手な私は
作品をデザインするとき
鉛筆の代わりに
ハサミで紙を切り、
デザインを考える。
 
デザインから制作まで、それは
ジュエリー作家の仕事。当たり前。
でも、それは当たり前ではないみたい。
 
一度、ピアニスト の友達に私が作曲した曲を弾いてもらったら、
「ハーモニー、どないする?」と聞かれて
「なんか考えてくれや」 と答えたら、
「俺、弾くほうだけやで、曲なんか作れへん」
ときっぱり返ってきた。
 
音楽は分業されてるんや、
とちょっと残念な感じ。
でも彼を説得し、困らせながハーモニーまで作ってもらって、なんとか曲を仕上げた。
で、いい経験でよかったと感謝してもらった。
 
振り返ったら、
私って 、
なんでも
せなあかん。
 
どの事業もいろんなスキルが必要。
でも全て自分でやっている。
 私はるびじゅ工場の
デザインー、
営業マン、
セールスマン、
職人 、
マーケター、グラフィックデザイナー、コピーライター、
会計士、税理士、
管理人、
 イメージキャラクター 。
 全部やらないといけないんや。
 
それで主婦でもあり、旦那の弁当を毎日作っている。
 
成功までの道は長いに決まってるわ。
自営業は普通に大変だから、
絶望になる必要はない。
 楽観的に見たら、
私は天才にならんとあかん。
レオナルド・ダ・ピンチみたいに。
 
はい、 私は自分をあのレオナルドに比べます。
それほどの根性ないと、
パンクしてしまう。
 
私は天才や。
いつもそれを頭の中で
繰り返さなあかん。
 我慢するためじゃなくて、
忍耐力を高めるため。
 威張るためでなくて、
たまに自分を褒める必要もあるから。
 
みなさん、一緒に天才になりませんか。 

 

ランタナ花の透かし彫りデザイン。好きな形へたどり着くまで何度も紙を切る。

ランタナ花の透かし彫りデザイン。好きな形へたどり着くまで何度も紙を切る。

ブローチの裏金具。全てで作業で切り抜いている。

ブローチの裏金具。全てで作業で切り抜いている。

 透かし彫りの帯留め。なかなかインパクトがありるわ〜。

 透かし彫りの帯留め。なかなかインパクトがありるわ〜。

真珠大好き by Rui Kikuchi

神戸の真珠卸さんから高級グレードのタヒチバロック真珠を仕入れました。 

 宝飾商談会では出店しないものを特別に出してもらって、

まあ、

こんな艶のいい物はなかなか出会えませんね。うれしい。

全部買いたかったけど、生活費もあるし、また売れたら、買いにいくわ。 

「でもるいちゃん、こんなめったにないで。この一袋、130個買うてくれたら¥○○○○○○で売ったるわ。 」と主人が言った。

「いや、その金額、うちの口座の残高を超えてるねん。」 

「じゃ、いくらあんの?交渉したるよ。」 

「ほんま、今の全財産より高いねん。ペンダントが売れたらまたかいに来るから待っててくれやす。」 

「僕は待つけど、真珠は待たんで。」 

優しいなりに厳しいご主人。 

加工するにもったいないぐらいのバロックパール。 

今度のギャラリー佑英の個展に向けて制作します。またバロックさんたち会いにお越しやす。 

 

 

 

 

 

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The Wonder of Small Things by Rui Kikuchi

10月に開催する展覧会の題名と日にちが決まりました!

「The Wonder of Small Things 」(驚きに満ちた小さなモノたち)

10月14日(火)から20日(月)まで。

パールとアートジュエリーの展示とお抹茶のお点前も楽しめます。

会期中にジュエリーサロンも設け、その場でお客様と共にパールのデザインを決めるセミオーダーも承ります。

まだだいぶ先ですが、予定に入れといてください!

ギャラリー佑英

〒550-0002

大阪市西区江戸堀1丁目23番14号

新坂ビル1F

Tel・Fax 06-6443-0203

E-Mail t-omori@gallery-yuei.com

営業は企画展がある時のみ

12:00~19:00

  Physis Series  古い鉄釘、金18K ある日、友だちが亡くなられたお父さまの 古い鉄釘を譲ってくれました。釘の火で柔らかくして、叩いて、それを何度も繰り返しした後、手作業で切断して、更に曲げて、やすって、形を作りました。彼女が想像外のものができ、遺族全員は喜んだそうです。

 

Physis Series 

古い鉄釘、金18K

ある日、友だちが亡くなられたお父さまの 古い鉄釘を譲ってくれました。釘の火で柔らかくして、叩いて、それを何度も繰り返しした後、手作業で切断して、更に曲げて、やすって、形を作りました。彼女が想像外のものができ、遺族全員は喜んだそうです。

Ma Vie en Kimono by Rui Kikuchi

 着付けを始めたのは3年前のこと。

私に着付けを教えてくれた栄子さんはすごく親切してくれたため、なんとしても早く着れるようになりたかった。

栄子さんはお母様から教わったらしく、クリップ、○○ベルトなど着付け用の道具は一切使わない、鏡も見ない、半畳で着れる結構スパルタ法。本当は襟芯もいらないとおっしゃってたお母様。

余計な道具に頼らない、自分の感覚を信じる最も自然な着付け方法やと思う。

着物は出会いやな。

もし着付け教室へ通っていたら辞めてたかもしれへん。こわーい完璧主義先生にいろんな道具を買わらせたら諦めて落ち込んでたわ。

確か、自分で夜中まで泣きながら特訓を毎晩続けた。最初は腕が後ろに回れへんし、汗をかきながら何度も挫折した。

でもそれは1週間だけ。

 完璧を達成したわけでなかったけど、ある峠を越えたら、えーい、一か八かと思い、ドキドキしながら二条城の桜ライトアップを一人で行ってみた。

初めての着物出かけで興奮して、帰りの途中栄子さんに早速電話で報告した。いきなりの電話にびっくりする栄子さんはご主人と爆笑と大喜び。

服を着ることでこんなに幸せになれるんや。着崩さず走って帰れた。

その後、一重太鼓から二重太鼓の帯結びに着々と進ませてくれて、一緒に京都中のお茶会などイベントへ連れてってくださる。

それで、ご家族の着物まで譲ってくださったり、面識のない方々からも、不思議なきっかけで次々とコレクションが増えていく。

「人に着せてもええで。」と割と早く認めてくださって、お茶のクラスメートの着付けをしてあげるようになった。

 始めてから徐々にコツを自分で気づいてきて、今日も研究中。でもこの3年で着る服は完全に和装化する触媒は和裁士の清丸さん。

アトリエでパーティした時に着物で来てくれ、お帰りの際に上前をクリップで留め、ママチャリにひょっと乗る。

「ええ?チャリに乗れるの??」と驚き、彼女を引き止めた。

「スカートと同じやん。」と当たり前のように言われて、ガッテン。

BD—1に乗っている私は一度モンペでまとめてから乗らないといけへんけど、バスに乗らなくてもオールシーズンどこでも着物でいける。雨の日はレインスーツで天気関係なくいつも着物でお茶のお稽古へ。

お茶の先輩たちは「熱心やな」と、笑いながら褒めてくれる。

だって、着物は着たいと思ったらどこにでも着て行ける。お友達とのお出かけ、パーティ、講演会、お買い物、映画鑑賞、美術館、などなど。

 そう、和装化してから洋服を一枚も買ってへん。普段着は作務衣やら、古着をアレンジしたなんちゃって和裁の自制のものもある。

着物着たら自分らしい格好ができるの嬉しい。色と柄合わせも楽しいし、京都の文化の生活に取り入れるプライドを持てるし、

着る物で人からポジティブな反応をいただくのは嬉しい。服を着るだけで周りの人はこんなに幸せにできるんや。

 それで、2年前からうちのクリスくんも和装を着るようになった。

栄子さんのおじいさまの着物を譲ってもらい、自分でYouTubeを検索して独学してん。日本に住み始めた頃は居合道をやっていたため、袴も綺麗に着れるんでバッチグー。。

白人やのに、超似合うねん。

ちょんまげとひげやし、

トムに似てんねん。

出掛けたらいつも知らん人に褒められるし喜ぶねん。

袴を着ているからか、とても自然に動いているからか、レンタルと誤解されなく、地元の人やと認められてる。

 服を着るだけでこんなにハッピー。

 和装生活をもっと広めたいなと思う。手縫いの質感も良いし、生地も好き。日本の歴史でつい最近まで普通に着られていた日本人は着物にもっと馴染んでくれるように何かできんかな。栄子さんへの恩返し、これからの課題ですわ。

むくげ by Rui Kikuchi

 今日、着付けの恩師、中西栄子さんが家のムクゲをうちに届けてくれた。

看板猫は早速一輪を狙って、

花びらを噛み付いてしまった一本を猫じゃらしとして遊んでやったら、花粉だらけになったの猫頭に気づいて、

「ムクゲは猫に毒やったっけ?」一瞬不安。

早速ネットで調べたら百合が猛毒みたい。そのほか、好きなお花もどんどん記載されて、これ植えられへん、あれ植えられへんのリストがたくさん。花を楽しむ猫ライフはないんかい?!

幸いムクゲは載っていなかった。喜びで猫を抱きしめたら毛が汗で顔について鼻の穴まで入ってしまう。はらってもなかなかとれへん。

 ムクゲはお茶の世界でよく飾れている夏の花。こないだからうちのお茶の先生も綺麗な一輪を飾ってくださっている。

不思議なこと、花が終わったら徐々にねじって閉じてその後、頭がコロっと落ちてしまう。

咲き方も枯れ方も綺麗。

エアコンなしの京都夏 - ブログを復活しました。 by Rui Kikuchi

京都の真夏日。昨日梅雨明け宣言されたみたい。

ルイも看板猫も暑さでグッタグタ。

作業が待っているのに手が動かへん。胸の間に汗がとろーんと流れるし、トイレに行ったらパンツがお尻にベトつきになって、なかなか脱げへん。リアルすぎてすいません。

エアコン付けたら済む話ですが、うちはクーラーなしの育ちで、(祖母は大量に電気をくう家電製品に反対、反原発タイプ)家もアトリエにも付けていまへん。

それに、クーラーをかけている部屋に一日過ごしたら体調崩しやすくなったり、喉が痛なって咳が止まらんとか。もともと気管支が弱い私はやっぱり付けたない。

信州の気候に近いコロラド州出身の旦那は一番かわいそうねんけど、彼も電気に依存している社会に不快感を持っているし、一緒に汗を垂らしてくれている。

「あまり我慢してもあかんえ。」と漢方の田村先生から注意。うん、無理はせえへん。

まあ、汗いっぱいかいた後のシャワーは気持ちええ!老廃物を出して美人になるわ!

今日は暑いから制作を少しサボって、税理士の伊藤弥生さんから進められたブログ活動を始めることにした。文章下手の私が「どないして書くねん」と思うたど、「そのうち上手くなる」と後押ししてくれた。彼女によると、月20回ブログ更新したらええと。

え?そんなに話題ないし。いや、ファンが増えたら話題も増えるし、書くペースも早よなるっちゅうことや。長い旅は第一歩から。

はーい。

夏バテ対策にもずくを食べながら書く。初期の文章は下手やと思いますど、だんだん上手くなっていく私の成長を見守ってください。英語で書いても翻訳はしません。日本語で書いても英訳しません。その都度考えている言語、ですますの統一もなく、方言そのまま書いてしまうんで、よろしうお願いします。

 

けしき:Sights of the Everyday, Unseen~ Flow 関連企画:喫茶てん  by Rui Kikuchi

写真撮影:菊地ルイ

「けしき 流れる」をテーマとした裏千家・田中瑠奈さんの点出しによるお茶のおもてなしです。(ご来廊順にご案内いたします)
お抹茶と御菓子丸・杉山さんのお菓子とともに、設えられた点前の道具とあわせて、その「けしき」をお愉しみください。

お茶券 :1,500円
予約制 :限定20枚、当日受付もあり(売切れの場合はご容赦ください)ご予約はFacebookページよりメッセージを送信していただけます。
申込方法:参加ご希望の方はこちらのページから参加表明してください
     代金は当日お支払いください

※当日の最終受付は午後7時までとなりますので、ご予約の方はそれまでにご来廊ください(開場は午後8時まで)予約はFacebookページよりメッセージを送信していただけます。

会場:ギャラリー•アポテーケ(Galerie Apotheke) 〒6048403 京都府 京都市中京区聚楽廻中町40-7

Facebookページはこちらへご覧ください:https://www.facebook.com/events/1615233175394012/

Sights of the Everyday, Unseen : Sway by Rui Kikuchi

 京都、千本丸太町近くのギャラリー・アポテーケにて「けしき (Sights of the Everyday, Unseen) 」の三展シリーズの第1期を担当させていただきます。

2015.9.10まで。 

お茶会、お寿司の関連イベントもございます。詳細はギャラリー・アポテーケのフェースブックページをご覧ください。

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新作の照明とポーズ。 

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米山みどり•菊地ルイ二人展修了 by Rui Kikuchi

東京、荒井アトリエギャラリーで開催された米山みどり•菊地ルイ展は無事終了いたしました!今回も作品は好評であって、ご来場いただいた皆様、ご無沙汰し ていた先輩、会場で出会った新しい友人、それで11年前、日本のアートジュエリー界に飛び込んだ私を初めて支えてくださった荒井泰子さんに大感謝!これからもどうぞよろしくお願いいたします!モデルのジョアンさんもありがとう!

Yoneyama Midori / Kikuchi Rui Exhibition has ended! by Rui Kikuchi

Thank you to all the new friends, old mentors and people who attended my exhibition with textile artist Yoneyama Midori at Arai Gallery in Tokyo. Big thank you to the lady who supported me 11 years ago at the very beginning of my career when I was just a sprout - Arai Yasuko - Thank you so much!
Thank you gorgeous Joanne for modelling my work!

Art Jewellery Challenge Day 3 by Rui Kikuchi

'Facebook Art Jewelry Challenge', was started by Donna Greenberg, in the hope of capturing a diversity of what is happening around the world of art jewellery. A combination of tardiness and preoccupation with other pursuits has resulted in my nomination by not one but four esteemed jewelers (Please see Day One).

So, for 5 days I will show some of my jewellery, and deviating from the rules, I've decided not to nominate anyone else after this day, since I'm naturally adverse to virulent movements on the internet, and everyone I like has been taken already. As consolation, I hope that my friends and colleagues will instead be entertained with some autobiographical notes.

Day Three:

Life after graduation is a lonely road, full of uncertainty from being prized off the comforts of community and the facilities that one has come to rely on and take for granted in the insulated cradle that is university.

Like most, my life of making and running after capital trapezed to and fro and frustration soon mounted. Stepping out into the wide world from the glitter and congratulatory hype of the sandstone Great Hall never managed to equip me with confidence in technique, the weapon of impression that wows an audience. Or at least I had forgotten to collect my issue on the way out of the armoury. I was therefore unable to reconcile the title which I had been bestowed, disguised in the robe of a Bachelor with the rags of an utter amateur underneath. Yet the thought of abandoning my education to fall prisoner to the side of Job-of-no-Relevance-to-my-Degree was sickening. So, I felt no choice but to plunge into an apprenticeship in the lonely countryside of Japan.

Lady Hindsight would have urged me to exercise the virtue of patience and seek a variety of options and geographies but she is cursed to come too late. Anyway, it didn't go so well - I dived too deep and couldn't tread the mess. My curious and out-going personality was accused of 'being too Australian', though really, I would prefer the origin of my character to be attributed to my activist grandmother and the spirits of the anarchists I was named after. Neither did my inability to stray from the Osakan dialect help my standing. I expected too much of myself and consequently those around me and that level ended up being proportional to   Not even a year had passed and I retreated to familial land, my neck drooping and tail between my legs.

What to do now.
With my hand-made jeweller's bench shoved into a closet in a small apartment (See Day 2), I levered making with teaching English to kids and babies too young to formulate a word in any language.

Boredom and frustration with excessive education for the ungrateful privileged soon settled, but a year spent at the Itami College of Jewelry finally ironed out some of the bad habits I had of the fundamentals.  After graduation, I started a jewellery series based on floral forms which were received well, and became in demand. Sawing these delicate patterns in the metal revealed a paradox - where jewels of natural motifs, that purport to be inspired by the beauty of nature use processes and materials that contribute to its utter destruction. All the shiny dragonflies at once seemed to tarnish in my mind. It became more and more absurd to imitate the forms present in life, because it seemed rather pointless for humans to depict nature in place of it.

Other glaring paradoxes started to gnaw at the fabric of my consciousness. When was it, that  Japan's wonderful biodiversity and our innate sense of oneness with nature and our reverence of its spirits become to be undermined by modern methods of consumption and our actions and reactions toward materials and objects. Here it is very noticeable that people’s interaction with objects now has come to be defined by a specific role and purpose and has little no emotional bearing on the user. As a result an object is used and disposed of once this function is fulfilled. For example, packaging, paper, electronic items are satisfies a perceived need but is then thrown away, seemingly without a second thought.
The consequence of this behaviour is not only the overconsumption of goods, a nonchalant insatiability and worse, the narrowing of our scope towards the definition of beauty.
I began to wonder why is something is perceived to have little value in the first place? Why do conventions about value affect personal opinions about beauty?

One day I just happened to notice a floral pattern on the bottom of a plastic bottle of tea that I kept at my bench. There was something that was beautiful  - a mixture of function and aesthetics - and a sense of pity. as it had come from an assembly line that qualifies speed can low cost as ideal qualities.  I wondered if it can be turned into a piece of jewellery, and after about a year of experimentation, failure, rethinking and pushing, I was awarded the Good Material Award at the Itami International Craft Competition, with the works shown here. They were the first in the series of "PLAnta",  which I have continued to make to this day. The series then garnered much attention in "Signs of Change - Jewellery to Make a Better World", curated by Kevin Murray and held at FORM in the city of Perth during the Jewellers' and Metalsmiths' Group of Australia's (JMGA) biennial conference in 2010.

Since then people have said that my works look like anemones or algae. I’m sure that having been immersed in the ocean, I found sea life to be beautiful in their grotesqueness and peaceful in its abundance. Although these experiences must influence my work, I am not conscious of presenting my pieces to resemble marine life, rather as I play and experiment with the material, I learn of the potential that is hidden within it. I find that the material itself speaks and teaches me about what kind of augmentations and transformations it wants to take. Control of nature I found, is not just about domination over a certain material but a type of conversation and cooperation perhaps, a harnessing of an ability to listen and to recognise that the material also strives to become beautiful. That's how I've come to reconcile the role of the human being making objects with the semblance of nature.

I feel discomfort if my work is interpreted as being “precious garbage”, simply because this is a contradiction. (If a piece of garbage was precious, it is not garbage).
I am also doubtful that my work speaks truthfully about environmental consciousness either because my works have taken an x amount of calories to produce, and am not making a net return of those calories to the ecological system, therefore I don’t think they qualify as being up-cycled either. These are just the doubts I have towards the quality of my work. I really just want people to see that anything can become beautiful and cherish the objects in their lives.

This quasi-philosophy took on a bizarre significance to me,  because in March of the the following year the earthquake happened.

The cities, towns and fishing villages directly facing the shoreline in the Tohoku region of Japan had literally turned upside down and inside out by the ferocious tsunami that came after the quake. Two months later, during a volunteer mission to clear debris, one victim described to me the sound of the wall of water as been like a insane stampede of horses. People's livelihoods, homes, schools, and families had been thrown out into the open, then bulldozed to clear the streets, then bulldozed again or packed into bags, stacked or heaped into miserable mountains on school grounds, awaiting clearance again. The city of Ishinomaki, where I had spent most of my time during that tumultuous year, was for a time, churning with aftershocks, battered by the smell of decay and rotting fish, the whirring of Self Defense Force helicopters looking for bodies, hype and naive excitement of volunteers, the roar of the supply trucks, and the vibes of restless, hopeful, anxious, impatient, traumatised and thankful survivors.
Looking around, the bizarre thing was that despite all the achievements of people, their sturdy buildings of concrete and steel were all toppled like toys, yet the grasses and the flowers started to spring up and thrive early on, undeterred by events that are tragedies in the human mind.

Today is the fourth anniversary of the Great Eastern Japan Earthquake and Tsunami. I still don't know what I've learnt from seeing the scenes. Now, the rubble is gone and clear space is being filled up abandoned for good.  Today I think back to those events, being humbled and confused and still will be for some time.

橋本大輔 天目展 by Rui Kikuchi

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先日、比叡平に工房をもつ橋本さんの天目展に行ってきました。器の面に小宇宙が浮かんできて、釉薬の塗り方や、窯の温度、酸素濃度による多様な模様は魅力的。

彼の神秘的な青に惹かれて奈良の展覧会まで足を運んだら大喜びしてくれた。相棒の誕生日が近かったために薄い青に黒い結晶の盃を購入。せっかくの小旅におしゃべりに忙しすぎて、奈良を観光もできず特急で帰っちゃった。

今回の展覧会は3月17日まで。大丸京都店、6階。

「Comments」展 by Rui Kikuchi

 シドニーのGaffa Gallery にて現在作品展示しています!Michelle Genders氏のキュレーションにより、「コメント」は政治、社会正義、環境保護のテーマとしたジュエリーを紹介しています。

参加作家:
Alexandra Darby
Anna Davern
Claire McArdle
Felix Gill
Fiona Meller
Jan Turzo
Karen Strang
Karin Findeis
Lorena Lazard
Luke John Matthew Arnold
Melissa Cameron
Michal Oren
Neke Moa
Suse Scholem
Rui Kikuchi
Vernon Bowden
Zoe Brand

詳しい情報はこちら:https://unlimitedsubstance.wordpress.com/exhibition-5-comments/

Comments Exhibition in Sydney by Rui Kikuchi

My work is showing in Sydney right now at Gaffa Gallery! "Comments", the fifth installment from the exhibition series "Unlimited Substance" opened last night with great success. Thank you to Michelle Genders who curated this exhibition!
For more information please visit:

https://unlimitedsubstance.wordpress.com/exhibition-5-comments/